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虚人のつぶやき
アニメ・漫画・小説などのレビューを中心に自分の好きなものを自分勝手に熱く「語る」ブログ。
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虚野 仁

Author:虚野 仁
虚構のことで人生がいっぱいいっぱいな人。「現実」に帰るのはいつの日なのだろう。
上の自画像は暫定版なので、変更ありです。



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萌える男 本田透著
2006年一発目のレビューは昨年「電波男」で話題になった本田透氏著の新書「萌える男」です。かねがね本田氏の著書は読まねばなあ、と思ってはいたので廉価な新書で出てくれたのは非常にありがたいです。

で、本の内容は僕の予想以上でした。ここまで論理的に「萌え肯定!」を歌い上げた本は今までなかったのではないかなあ。経済の視点からのみ萌えを肯定したり、個々の作品として非常に良くできているという形で遠回りに萌えを肯定したりする人は今までいたけれども、萌えをオタクが開発した画期的な精神的運動として肯定的に語った人はかつていなかったと思う。そういう意味で非常に刺激的な書でした。
萌える男萌える男
本田 透

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えー、今はもう昔ですが、実は僕自身、高校生時代に「萌え」について論文まがいの文章を書いているんですよね。かなり文章として煮詰まってなくて青臭くて、しかも革新的なことを一っつもいえてない文章でした。かなり否定的な論調で「萌え」を語っちまった人間が今までこのブログで「荻上萌え~」とか言ってたわけです。あー、恥ずかしい。でも、今でもあの文章を全否定する気は一切ないんですがね。そんな訳で今回のレビューは「萌え」に対する自分の立場がどんなものなのか、あるいはどんなものであったのかを思考したり思い返したりしつつ書いてみようと思います。こんなことを書こうと思ったのはやっぱり「萌える男」がとても優れた本であったためで、「萌え」についてちょっとでも屈託を持つオタクは(持っていないという人もいないでしょうが)「萌える男」の一読をお薦めします。


レビューというカテゴリからはちょっと外れる変則的な文章になるとは思いますが、「それでも良い」という奇特な方はREAD MOREをクリックしてください、っと。




えー、本田氏著のこの「萌える男」なのですが、論理的ではありますが、演繹的な文章であることは間違いないと思います。実のところ僕が高校の時分に書いた文章も演繹的なものでした。本田氏は萌え肯定の立場に立ち、僕は萌え否定の立場にたったという決定的な違いはありますが。なので、何故萌え肯定あるいは萌え否定という立場に立ってから理論を構築していったのか、その由来を探ることは決して無為なことではないと思いますので、この文章ではそのことを想像の翼を広げつつ比較しながら語っていこうと思います。正直言ってかなりの部分、僕のことを語ることになると思うので恥ずかしい上に自意識過剰っぽい文章になるとは思いますが、読む人はそこは覚悟して読んでください。最終的に読後そんなことを考えてしまうほど「萌える男」はパワーのある本なのだ、という認識をこの文章読んだ方が抱いてくれるとぼくとしては幸いです。


エヴァンゲリオン・ショック

やっぱり本田氏が萌え理論構築に走ったきっかけを作ったのは例に漏れず、あのエヴァンゲリオンであったようです。このブログを読んでいてエヴァを知らないという人はほとんどいないでしょうから仔細は省きますが、エヴァに熱狂した人間があのエヴァの提出した「オタク全面駄目説」を抱え込んで生きなければならなかったのは宿命だと思います。僕自身、以後のオタク趣味や読書遍歴を全てエヴァンゲリオンの呪縛から逃れるための手段であったとみなすことが可能なぐらい、僕の中でエヴァはデカイそんざいでした。
しかし、「オタクは本当に駄目なのか」という問題を考えるとき、僕にはある種切実さが足りませんでした。なぜなら僕はあの頃まだオタクではなくて、しかもまだアニメを見ていることを社会が奇異に受け取らないくらいの子供でもあったからです。アニメを見ていてもいつかは卒業するものだからという気楽な気持ちで僕はオタク趣味に手を染めてエヴァンゲリオンのオタク攻撃から辛うじて自身を回避していました。もちろん、オタク否定のアニメを見てからオタクになっていったのだから多少の屈託はあったのですが、本田氏の抱えた絶望感に比べれば取るに足らないものであったのでしょう。本田氏は僕のようなやり方でエヴァから逃れられるほど子供ではなく、また当時の本田氏を取り巻いていた現実もやさしいものではなかった。本田氏はどうやらあの阪神大震災の被災者だったようです。このような状況に取り囲まれている人間に「アニメに逃げるな、現実に帰れ」と言うのは非常識であるばかりか、全く指摘として有効性を持ちません。本田氏はエヴァにそんなこと言われるまでもなく、十二分に「現実」と格闘しており、そんな中で「癒し」として楽しみにしていたアニメにその「癒し」、「萌え」と言い換えてもいいと思う、それを否定されてしまった。
おそらくはここから本田氏の考えは固まっていたのだと思う。すなわち「萌え」の持つ「癒し」の力を何とかして肯定する論理を構築しなければならない、という考えが生まれていったのでしょう。
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筒井康隆

ここからは僕のことを主に語ろうと思う。本田氏はこの後、「萌え」全盛となるPCゲームの方にそのオタク活動の主軸を移したようで、そのことを語るのに僕はちょっと不適格だからだ(ONEもKANONもプレイしてないからねえ)。と、言っても僕のその個人的な経験と本田氏の考えたことは微妙に交差しているので(原点が同じエヴァであったためかもしれないが)全く僕以外にとって意味のない文章にはならないと思う。まあエヴァ後のオタクの在り方の一つとして読んでいただきたい。

エヴァの後、僕はしばらくは呑気なアニメオタク、いやアニメ少年として依然としてどこかでオタクを軽蔑しながら生きていた。そんな僕も高校にもなるとこのままではまずいのではないか、と言う考えが生まれてきた。アニメで真っ赤に染まったまま高校生活を送るというのは非常に気持ち悪いことではないのか、アニメと言うたった一つのフィルターを通してのみ知識や経験を蓄積していくのはとてつもなく自分のあり方を狭めてしまうのではないか。そう考えた僕はアニメを見る本数を減らし、硬い小説をいくつか読み始めました。以前から本を読むのは好きだったのですが、自覚的に自分の視野を広げるために本を読むというのは初めての経験でした。そんな中で筒井康隆と言うカリスマとであったのでした。自覚的に本を読むということはすごくつまらないことだ、ということにしばらく経って気づいた僕は、ではちょっとばかりアニメよりな小説、SFに手を出そうと考え、あまりにも貧しいSF知識の中から筒井康隆と言う作家を選び取りました。僕が最初に読んだのは短編集「バブリング創世記」です。これを読んだ僕は遂に僕を革命してくれる強烈な作家に出会ったと思い、狂喜しました。アニメ的なものは基本的に「お約束」というものに縛られて創作されています。筒井氏の実験的で過激なギャグに彩られた小説群はその僕のアニメ的な考え方をぶち壊してくれる破壊力を持っていると僕は考えたのでした。
劇的な邂逅の後、僕は貪るように筒井氏の小説を読みました。筒井氏が純文学と言うものにまで手を出しているということは僕にとって幸運で、筒井氏を水先案内人にして多少硬い小説も読むことができるようになり、自分がオタクでしか有り得ないという屈託からある程度逃れることができたわけです。
そしてさらに、一つの視座を筒井氏によって与えられました。それはすなわち「人は確かに虚構に逃避するが、現実に、日常に逃避することもまたありうる」というものです。ここでやっと再び本田氏が出てきます。本田氏もこれと同等のことを「萌える男」で語っています。「今現在僕らが現実と考えているものはかつての人々が脳で作り出したものであり、その作られた『現実』ばかりに拘泥する一元的な考え方はいけない」というような言葉で僕が筒井氏の作品群によって示唆された考えを「萌える男」で言っているわけです。
筒井氏の小説に「家族八景」という連作短編集があります。この小説は家族という、人が普段日常と認識している世界の中にある世にもおぞましいものをテレパシー能力をもつメイドである火野七瀬を通して描いたものです(ここでメイドとか超能力とかのオタク的なものが登場しているのは象徴的といえば象徴的です)。
こんな風に筒井氏の小説は僕らが普段「現実」「常識」と考えているものを相対化する機能を持っていたのです。これでやっと僕はエヴァの呪縛から「現実に帰れ」と言う言葉から逃れることができたわけです。このあたりまでの考え方は、はっきり言って僕と本田氏はかなり似通ったものであると思います。
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文章を書く

なんだか自分史のような文章になってしまいましたね、お恥ずかしい。えー、ここでは高校のときに書いた僕の文章と「萌える男」を実際に比較して見ようと思います。僕が書いた文章と「萌える男」の根底に流れているものが同じ「虚構は重要」であったのに何故「萌え否定」「萌え肯定」という全く違う立場になってしまったのか、これは単純にその文章が誰に向けてのものなのかということに尽きると思います。
僕が語りかけようとしていたのは萌えることに屈託を抱かない純粋培養のオタクでありました。本田氏が語りかけようとしていたのは萌えを奇異な眼で見つめる社会やマスコミ、あるいは「萌え」が好きなオタクなくせに同じ「萌え」好きなオタクを批判するオタクに対してでありました。自己批判するのならば僕の書いた文章の最大の問題点はここでした。この世の中にはたして純粋培養された、「萌え」のみに生きることのできるオタクが一体どれほど存在するのか。はっきり言ってそんなものはほとんど存在しませんね。そんな夢みたいなものに語りかけようとした僕と違い本田氏は非常に「現実的」だったと思います。
本田氏は社会全般で捉えてみた場合「萌え」は限りなく少数派の嗜好であると気づき、一オタクとしてこれを擁護しなければならないと考えていたのでしょう。実際本田氏の「萌える男」は過激でありながら、一線は越えないようにきちんとバランス感覚を持って書かれています(『電波男』の方はかなりイっちゃったことも書いてあるらしいですが)。全ての人間が「萌え」に転ぶわけではないと書いてありますし、「萌える」オタクが閉じているということも書かれています。えーと、そんな訳でこの「萌える男」は年がら年中萌えているオタクが読むのももちろん良いのですが、萌えにアレルギー反応を持つ一般の人々にこそ読んでいただきたい本です。なんか文章としてかなり収まりの悪いものになっちまいましたが、とにかくすごい本であることは間違いないということが分かってもらえれば、僕は満足です、と。



えー、以下自己弁護
上述したように社会全般に対してオタクがどういう風に己を貫くべきかということについてなら「萌える男」は非常に素晴らしい文章で、僕の書いた文章は全然駄目駄目なのですが、オタクにとって個々の作品にとって「萌え」が本当に良いものであるのかということを考えるのならば僕の以前書いた文章もまったく的外れと言うわけではないかと思います。筒井氏の破壊的な想像力に触れた僕には、ただただ安易に「萌え」を作品に盛り込むことは想像力を限定し、作品ならびにキャラクターを平面的なものにしてしまうという考えが生まれました。これはあながち間違いではないでしょう。「萌え」は本田氏のいうように神にも実際の恋愛にも癒されない人々が行き着いた新たな生き方であり、その機能をアニメ・漫画・PCゲームが果たすことは時代の必然なのかもしれませんが、それでは自立した作品を作ることは不可能なのではないでしょうか。「現実」を生きる人々の「癒し」の機能を虚構が引き受けるというのはある意味で一元的な考え方だと思うのです。虚構は「癒し」も「癒し」以外のあらゆる要素(受け手を鬱にするものを含む)も盛り込んでこそ深さが生まれ、新しい面白さが生まれると僕は思うのです。………なんてことはまあ本田氏も心得ているでしょうがね。それを分かった上で、幾分ポーズとして「萌え」を押しつぶそうとするものに対して「萌える男」を書いたのでしょうなあ。

あー、僕の青臭さは修正不可能ですな。まあこの青臭さを修正したら僕に何が残るのかといったら、何も残らないんですがね。
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テーマ:感想 - ジャンル:アニメ・コミック


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